実家の用事を言い付けられていたが急に中止となり、天気も良いので以前も行った新城の富岡から小畑、さらに足を伸ばして峠越えして吉川を巡るポタリングとしました。
相変わらず自宅を出るのが遅い時間のため、富岡周辺をポタってから早めの空いているうちに「ほほえみ」でちょっと早めのランチとしたあと、うわさに聞いていた「森の石松の墓」などを見つつ、途中の神社なども見ながら富岡から中宇利、小畑へと向かいます。

折り畳めばスイフトの荷台にも収まるのは助かるよね。

秋の山里は気持ちが良いね。

田園風景と吉祥山。

新城でもこんな風景は少なくなった。

お昼ごはんの後で立ち寄った「森の石松の墓」といわれる自然石の墓標。

「車神社」の参道。

小畑にある勝手橋的なもの。

小畑のバス停。今ではバスも予約制になったみたい。
小畑の先の峠には「双体道祖神」があるとのことで、今回はそれも重要な目的でした。
100mほどの標高差ですが、ヘロヘロになって到着した峠には、可愛らしい「双体道祖神」がお出迎えしてくれただけでなく、ちょうど木洩れ日のスポットライトが当たっていて素晴らしいタイミングだった(^^)
信州で多く見られる双体道祖神ですが三河地方にはほとんど例がなく、刻まれた銘では天保15年(1844)とあり、信州などで盛んにこのような道祖神が造られた時期に合うのではないかしら?

木洩れ日のスポットライトに立つ「双体道祖神」。
峠を越えた先にはボーイスカウトの野営場、峠から下ると吉川の集落を抜け、鳥原から桜淵を抜け、庭野からプチ峠越えでスタート地点の富岡へと戻りました。

吉川の集落は何となく秋模様。
そういえば、以前から左ペダルのクイックリリース(面倒くさいのでいっこ前のペダルのアダプタそのまま使っていたもの)が抜けづらくて困っていたんだけど、この日は自転車を店仕舞いしようとしたら全く抜けなくなっちゃって、そのまま積もうと思ったらメチャクチャ邪魔で往生こいた(^^;
クランク側の膨らみに干渉するせいでロックリングのストロークが不足しているからだと思っていたが、取り外してみても上手くアンロックできないことが判明。
大人しく今のペダルに付いてきたものに左右とも交換したが、こちらにはストローク不足にならないように真鍮のワッシャーが添付されていた(^^)
--------------- 2025年11月18日(火) 鳳来峡
長篠・川合ポタリング ---------------
今回もICI氏を誘って、北西風を避けて山あいを走り、チャリでないとゆっくり楽しめない宇連川の渓流を楽しむポタリング企画です。
まだまだ紅葉の見ごろには早いですが、気温も低くないこの時期のほうがチャリポタには良いんじゃないかな。
本長篠の「ふれあいパークほうらい」までエブリちゃんで移動し、まずは旧田口線の路盤跡を辿って飯田線の「本長篠駅」(旧田口線の始発駅)を目指します。
駅から先で踏切を過ぎて宇連川の本流を渡って左岸に移動して旧街道に出て、支流の黄柳川に架かる「旧黄柳橋」まで行きます。
隣りに新たに「新黄柳橋」が架かるまでは現役で、良く通ったものですが、じっくり見るのはこれが初めて。

県道をまたぐ跨線橋の跡。

「新黄柳橋」の下に降りて「旧黄楊橋」を見上げる。意外に劣化が進んでいる…
国の登録有形文化財に指定されており、大正7年の建築当時は国内最長のコンクリートアーチ橋で、舘ひろしの祖父が設計に関わったとNHKの「ファミリーヒストリー」でも見た(^^)
せっかくなので橋のたもとにある狭くて急な階段を降り、下からも見上げて楽しみました。
51mある路面に対してアーチスパンが30.3m(当時のアーチ構造の限界)と差が大きく、アーチ部と路面が大きく離れているところを井桁状の構造で支えているのが特異的な構造だそうです。
しかし、意外に劣化が進んでいるように見え、もうちょっとなんか手入れしてほしいなあ(^^;
ここからは再び宇連川の右岸側に戻り、国道151号を大野まで進み、大野で一旦左岸側に渡って旧大野市街を通り、不動沢の吊り橋を渡って右岸に戻ろうと思ったらちょうど橋の工事中で通行不能だった(^^;
仕方ないので、湯谷大橋まで行って湯谷大橋を渡って右岸側に渡り、ちょっと間違って東海自然歩道側へ入ってしまいUターン(^^;ちょっと寂れた感じの湯谷温泉を通過し、宇連川の景勝地「板敷渓谷」沿いを走ります。
溶結凝灰岩の一枚岩のような川底が続くこの一帯で随一の景勝地ですが、道が狭いので徒歩かチャリが一番好適です(^^)。

平らな川床が続く通称「板敷川」。
宇連川を遡って琵琶淵で支流の槇原川を渡り、これも車で通ると緊張する狭い素掘りのトンネルを通って槇原に抜けます。
琵琶淵やこのトンネルは設楽火山群の活動によって形成された大岩脈の影響でできており、槇原駅側から見ると宇連川をせき止めるように「屏風岩」と呼ばれる巨大な岸壁がそびえています。

槙原の「屏風岩」は設楽火山の大岩脈。
三河川合までの間も狭い道と渓谷美が続き、大きな岩が庇のようになっている場所もあって頭をぶつけそう(^^)で楽しめます。
川合の街中で「旧鳳来町消防団第7分団第2部屯所」なんかも見て、ちょっと早めですが近くの喫茶店に入ってお昼ご飯にします。

「旧鳳来町消防団第7分団第2部屯所」はコロニアル風の造り。

カーブミラーに映るICI氏(^^)。
喫茶店の存在自体はずっと知っていたもののこれまでは時間帯が合わず、今回初めて入ったらお昼の定食が豊富でボリュームたっぷり、おいしくいただきました。
国道沿いとはいえ山の中なのに、ちょうどお昼時になると外に入店待ちまで現れるくらい人気店でした(^^)
昼食後は久し振りに乳岩峡の辺りまで行ってみようということで、途中から自動車進入禁止になっている道を登って乳岩峡の入り口まで行って戻りました。
最近は季節の巡りがおかしいのか、リンドウが多く見られましたが、一か所だけ日が当たって開花している株が見られてちょっと嬉しい。

今年はここでもクマ出没注意。

かつてのホームグラウンド。めちゃ久し振りに来たけど、散策はまたの機会に。

ちょうど開花していた「リンドウ」。お日様が当たらないと開かないじゃんね。
復路はなるべく川沿いの右岸を通って長篠まで戻りましたが、最後に「ふれあいパークほうらい」までの登りがあってちょっと辛かった(^^;
--------------- 2025年11月21日(金) 香嵐渓・足助ポタリング ---------------
実家の母を送るために豊田まで行くついでにチャリポタしてやろうということで、ちょっと早めのお昼ご飯を食べてから三河線廃線区間の「旧西中金駅」まで行き、チャリに乗り換えて国道153号から「香嵐渓」を目指しました。
事前のリサーチでは中金から香嵐渓までは国道153号線の道なりで8Km強、傾斜の緩い峠越えも最大標高差は60mくらいのようなので、貧脚でも大丈夫そうですね。
まずはちょっと足慣らし(?)に、先回見られなかった「旧西中金駅」から「旧三河広瀬駅」方向に向かって線路跡を走ってみましたが山に入る手前でゲートがあり、その先を歩いて行くとトンネルとなっているため通行止めでした。
せっかく遊歩道として整備したならトンネルも通れるようにしてくれるとより楽しめるのになあとも思っちゃうけど、廃線になる前は中金地区から東広瀬小学校に通う子供たちが近道&度胸試しで通ったりしたとかなんとか(^^)

周囲より高くなっている路盤上を「旧西中金駅」から「旧三河広瀬」方面に走ってみた。
再び「旧西中金駅」に戻って国道153号や旧道を適当に進んだりしながらゆるゆる登って標高135mほどの峠を越えて巴川に向かって下り、川沿いに進むと車の通行量が増えてきます。
香嵐渓が近付くと車列が続き、香嵐渓の直近の信号ではなかなか車が通過できないような状況になっていましたが、自転車なら問題なく通過(^^)
でも、香嵐渓に反った道路では人通りも多くなり、自分も自転車を引いて歩くことに…(^^;
そのうえ人の多さと自転車の駐輪事情も相まって、紅葉見物の核心部に突入するのはためらわれてしまいました。

いちばんのスポットとされる「待月橋」は凄い人出。

イチョウの黄葉の中を泳ぐチャリ。
川沿いに対岸の紅葉や「三州足助屋敷」「香嵐渓一の谷」(食事処)なんかを見つつ進んだらどんどん巴川の上流方向に進み、一方通行の先で国道420号線に出ました。
ここまでもずいぶん距離と標高を稼いでしまったようで、国道のダウンヒル(?)を楽しみながら足助の街を目指します。
巴川の支流の足助川の右岸、足助の飯田街道沿いには古い街並みが続いており、目的を街中散策に切り替えました。
足助の街は江戸末期に大火に見舞われた後に再建された民家が多いそうで、耐火性を高めるための瓦葺・漆喰造りの商家が多いそうです。
チャリでいったん東の街外れまで行き、西に戻りながら街並みの散策を楽しみました。

足助名物の最中を販売する「川村屋」。

いかにも重厚さを感じさせる酒屋。

高低差のせいで遠近感がバグってしまう(^^)

足助郵便局。

妻をとおりに向けた漆喰壁の「マンリン書房」。

街並みで一番の規模を誇る豪商「旧鈴木家住宅(紙屋)」。
なかなか良い街並みで、これは春になったら奥さんとも来てみようかなと思ったね〜。
町はずれの馬頭観音まで来て、香嵐渓方向を見渡すと、まだまだ多数の人が歩いているようですが、こちらはとっても静か(^^)

スジャータのトラックがちょうど通ってアクセントに(^^)
遠目に紅葉を楽しんでから、再びチャリで国道を走って「旧西中金駅」まで戻りますが、帰りのほうが登りが長いじゃんね〜(^^;
--------------- 2025年11月24日(月・祝) 矢作川中流ポタリング ---------------
21日に引き続き、今度は母のお迎えのために豊田へ行くため、その前に矢作川中流の雰囲気を楽しもうと思って出掛けました。
矢作川左岸の「扶桑公園」からチャリに乗り換え、まずは左岸の堤防伝いに下流に向かいます。
走り出してすぐに「百々(どうど)貯木場跡」にとうちゃこ(^^)ですが、明治時代に整備された貯木場の跡で、石組みに囲まれた城跡のような造りです。
矢作川の水運で運ばれた材木を貯蔵する施設だったものが、交通の発達や林業の衰退で役目を終えて泥に埋もれていたのを産業遺産として再整備したものだそうです。

貯水池と矢作川を繋ぐ貯木場樋門。

石組みがまるで城跡のような「百々貯木場」。

この辺りの矢作川は自然度が高い。
さらに左岸堤防沿いに進むと内環状線の平成記念橋を大きく迂回、再び堤防沿いに入って高橋を渡って右岸側へ移動し、名鉄豊田線梅坪駅前にある中華料理屋「台湾ケンさん」でお昼ご飯にしました。

矢作川堤防も秋色に染まる。

リーズナブルな街中華「台湾ケンさん」梅坪駅前店でお昼ご飯。
梅坪から再び川沿いに向かい、篭川沿いにちょっとだけ「豊田安城サイクリングロード」を走ってまた矢作川沿いに戻り、堤防道路を走って越戸公園でちょっと川辺の散策(^^)
対岸はちょうど「百々貯木場跡」で、かつてはここに渡し船や流れ橋があったそうで、川の中にはその痕跡も見られました。

越戸公園近くの川辺の秋色。

胸形神社の太鼓橋。

この日見た一番の「赤」はこれ。
越戸公園から先は平戸大橋取付け部をくぐって堤防道路はお終い、胸形神社の太鼓橋にも立ち寄り、平戸橋を渡って左岸に渡って下流に向けて走れば、起点の扶桑公園まではすぐでした。
-------------- この先は更に矢継ぎ早に続く(予定) ---------------