カワラハンミョウ 

甲虫目 ハンミョウ科  体長15mm前後

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長い脚で体を高く持ち上げるこの姿勢を、ishida式では「ハンミョウポーズ」と呼んでいます。

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上の個体に次いで暗色の部分の面積が広い個体。

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白色部がやや広い個体。

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複眼の突出は顕著で、頭部はやや前後に長い。

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上唇はやや平坦で先端中央は小さな突起のみ。

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白色の斑紋が大きくて、肩部後方に遊離した斑紋もある個体。

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白色の斑紋が大きくて中央の会合部まで延びているだけでなく、肩部後方の遊離した斑紋も明瞭な個体。

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斑紋が大きくて黄褐色な個体。

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メス(下)が食事しているところを組み伏せてマウントしたオス(上)。

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無事に交尾に成功。メスは食事を続けます。

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偶然と思うが、どちらも白色部が非常に大きい個体同士だった。

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こちらは白色部が小さめの個体同士だった。

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見ている前で、風で砂の窪みに転がってきたゴキブリの死体にアタック。

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草の根際に落ちていたトンボの一部を引っ張り出して食べる。おこぼれを狙うニクバエの一種が左上に見える。

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風で動いた草の根に猛然とアタック。かなり執拗に何度も攻撃しました。

本種は河川敷や海岸などの開けた砂地に生息する、中型のサイズでスマートな体型のハンミョウです。
前翅の外縁の白い斑紋がつながっており、更に内側に幅広く白色紋が広がっていますが、背面の色や斑紋はかなり変異の幅があって、外縁のみ白いものから、逆に白地に暗色の筋が入っているように見えるものまであります。

成虫は開けた砂地を素早く走り回り、目に付いた獲物を素早く捕食する生態のようですが、観察中に実際に食事シーンを3回見たのは、すべて「死んだ獲物」を食べていました。
風で草に引っ掛かったり砂の窪みに落ちていた昆虫の死体に素早く飛び掛かり、相手が動かないものでも視覚的に「餌」としては認識できているようです。
逆に、風でなびいていた草の根に対して執拗に攻撃を仕掛けることもあり、本当に目に付く動くものに対してまずはアタックを仕掛けるのかもしれません。

本種はただでさえ近付きにくいハンミョウ類の中でも輪をかけて敏感で、接近して撮影することに非常に苦労します(^^;。
また、食事や休憩(?)の際には草の影などに隠れることもあり、体を高く持ち上げる姿勢と相まって、体温上昇に対しては気を遣っている様子であり、逆に日陰や太陽の低い時間帯以外は多くのハンミョウ類で見られる「警戒して伏せ」のポーズはほとんどとりません。
体色については生息環境が開けた砂地であるということからみて、捕食者の眼を逃れる隠蔽の意味合いと体温上昇を防ぐ2面の意味があるように思っていましたが、同じ生息地でも体色の変異幅が大きいということは単なる個体変異幅なのかなとも感じました。
ところが、2021年夏の豊橋自然史博物館の特別展示に出掛けた際の展示の中に本種の色彩変異についての研究報告がありました。
結果的には全国的な傾向としては「生息地ではそこの砂の色に対して近い色彩の個体数が優占的」ということで、主な捕食者である鳥類の視覚に対しての隠蔽色のものが数的に優位となる傾向が強いようです。
もともと多彩な体色変化が生じやすいのは本種の特徴と思われますが、結果的に捕食者による選択圧がその地域で見られる個体の斑紋パターンの多寡を決めているということです。(逆に体温上昇に対しての斑紋パターンによる優劣については否定されているようです。)
ただishidaとしてはやや異論もあって、今回も同じ生息地の中でもほぼ周縁以外が暗色〜黄褐色のほうが多いパターンという幅がランダムにあるため、自分としては「自然選択によって地域ごとに斑紋の発生に遺伝的な偏りが生じているというところにまではいっていない」という意味だと解釈しました。

実際に砂地で本種を見ると、体を高く持ち上げる姿勢をとることで自身の影が形成する輪郭が不明瞭になるのに加え、前翅外周の白い火炎紋で体の輪郭が非常に判り辛く見えます。
しかし昆虫たちは自分の体色も背景に対する隠蔽効果も認識しているわけではないため、体色に対して不利な(目立つ)場所にいる場合は捕食されやすく、結果的にその生息環境の背景色に近いものが生き残っているというのが現状と思います。
しかし、生息する環境は遷移途中なうえに植生も含めて決して均一なパターンではないため、種内の変異が大きいほうが地域の環境の多様性や変化に対して有利な斑紋を持つものも現れやすいとも言えますね。

子供の頃は図鑑などで紹介されるハンミョウ類としては、「ハンミョウ」に次いで本種が紹介されていたように記憶しています。
しかし、現在では彼らの生息環境である開けた砂地が河川改修や護岸などによって消滅してしまい、国のレッドデータブックでは「絶滅危惧IB類(EN)」として、絶滅の危険度が高いほうから2番目のランクに指定されています。

生息地では砂地が草原状に遷移する手前の、疎らに草が生えた状態を特に好むようです。
つまり、砂の移動や地面の攪乱が生じない場所は草原となってしまい、逆に砂が常に移動したり河川の氾濫や波による浸食が常に起きる状態では幼虫の生息には向かず、どちらも本種が持続的に生息することはできません。
つまり、全面的に洪水や高波の影響を受けない程度に広い河川敷や海岸が適度な攪乱を受けつつ、遷移途中の状態の場所がある程度安定的に維持されるような環境が必要となります。
現状では堤防の強化や河川敷の多目的利用などで人工的な河川改修が行われ、海岸も護岸の強化や災害防止のための植林などが行われています。
その結果、安定的に維持されている生息地は全国で10か所程度しかないようで、名前とは裏腹に河川の河原の生息地はすべて消滅してしまったようです。
また、皮肉なことに東日本大震災で津波の被害を受けた海岸線が広範囲に攪乱され、海辺に本種の新たな生息地が広範囲に生まれたそうです。
しかし、逆に大規模な護岸工事や復興事業が短期間で進められたため、東北沿岸では震災前以上に生息地の消滅が進行しているとの記事も見かけました。